小説や絵本に登場する美味しそうな料理。豊かな描写がされていて、どんな味がするのかな?お腹が空いてくる!と思うことはきっと誰しもが1度は経験しているのではないでしょうか。
写真がないからこそ、想像が膨らんで、幸せにつつまれる本の中のお料理。
この連載では、スタッフが選ぶ”美味しい”本とそれにまつわるエピソード、そして本の言葉や挿絵を辿って再現した食卓をご紹介します。
●『ムーミンママのお料理の本』
著:サミ・マリラ、訳:渡部 翠 / 講談社
〈あらすじ〉
ムーミンママのお料理の本には、〈スナフキンの荒野の五目スープ〉から、〈はらぺこムーミンのじゃがいもグラタン〉や〈遠い岩島の美味つぶつぶオートミール〉まで、あらゆるムーミン谷のごちそうを集めています。
サラダ、スープ、朝食、デザート、野外でつくる料理、ピクニック用のお弁当、パンやクッキーやケーキ、保存食、温かい肉・魚・野菜料理と、150種近くもあり、飲み物だって忘れないでのせてあります。
“ふだん用”から“ちょっと手のこんだ”レシピまで、いろんな料理が盛りこんでありますから、この本があれば、ほんものそっくりのムーミン谷のパーティー実現も夢ではありません。
そしてこの本には、トーベ・ヤンソンさんの、すばらしいムーミン童話から引用した文章と絵を、香辛料のようにピリリときかせてあります。
●(新装版)『ムーミン谷の十一月』
文・絵:トーベ・ヤンソン、訳:鈴木 徹郎 / 講談社
〈あらすじ〉
ものさびしい気配がおしよせるムーミン谷の十一月。ムーミン一家に会いたくて、ムーミン谷へ行きたくて、集まってくる六人。
ムーミンママになぐさめてもらいたいホムサ、ひとりでいるのがこわくなったフィリフヨンカ、自分でないなにかになりたいヘムレンさん、養女にいった妹のミイに会いたくなったミムラねえさん、ずっと昔にいったムーミン谷の小川で気ままにすごしたくなったスクルッタおじさん、五つの音色をさがしにムーミン谷へもどったスナフキン。
ところが、ムーミン屋敷はもぬけのから。待てど暮らせどムーミン一家はもどってきません。六人の奇妙な共同生活がはじまります。
□ヤンソンさんの誘惑
【材料】
・玉ねぎ ・じゃがいも
・アンチョビーのフィレ ・生クリーム
・パン粉 ・バター
①じゃがいもを,マッチ棒くらい細くせん切りにします。
②みじん切りにした玉ねぎを,フライパンにバター少々を熱し,黄金色にゆっくり炒めます。
③深い耐熱容器に,①の1/4量,②の1/3量,アンチョビー6枚,①の1/4量,②の1/3量,アンチョビー7枚,①の1/4量,②の1/3,アンチョビー7枚,①の1/4量と,層にして詰めます。
アンチョビーの汁(塩気に注意して分量を加減してください)と生クリームを注ぎ入れてから,表面に,まず小さなバターのかたまりを散らし,パン粉をまんべんなくふります。
④③を,200度のオーブンで1時間ほど,じゃがいもがほっこりとやわらかくなるまで,焼き上げます。
あんまりおいしくてたくさん食べないではいられない“ヤンソンさんの誘惑”です。あなたもきっと負けるでしょう!
▲ じゃがいもの食感を楽しめるよう、今回はメークインを選びました。
▲ 熱したフライパンにバターをゆっくり滑らせて。香りがたってきたところで玉ねぎを入れてじっくり炒めます。
▲ じゃがいも、玉ねぎ、アンチョビをミルフィーユのように層にして重ねます。アンチョビはシチリア産にこだわる「スカーリアさんのアンチョビフィレ」です!
▲ アンチョビオイルと生クリーム、ダイス状にカットしたバター、仕上げにパン粉をかけます。あっさりが好きな人は生クリームを牛乳に代用してもいいですし、こってり好きはチーズトッピングもいいかもしれませんね。
▲ オーブンやトースターでこんがりと。美味しそうな焼き色になりました。
・・・
このパーティは、わたしたちみんなが一つの家族であるしるしにもよおす、家族の夕べであります。
文・絵:トーベ・ヤンソン、訳:鈴木 徹郎『ムーミン谷の十一月』講談社
今回再現レシピに選んだ〈 ヤンソンさんの誘惑 〉という料理は、スウェーデンの伝統的な家庭料理です。
レシピのそばには上記の挿絵が添えられているのですが、このシーンは小説「新装版 ムーミン谷の十一月」でムーミン一家に憧れたスナフキンやフィリフヨンカ、ホムサ、ヘムレンが家に集まり、不思議な共同生活を送る中でひらかれたパーティの様子です。
素敵なちょうちんと、キャンドルが灯されたダイニング。冬がはじまる前の、じめじめとしたムーミン谷をやさしく照らすあかりだったに違いありません。
その食卓ではきっとヤンソンさんの誘惑も彩りを添えていたのだと思います。
「ムーミンママのお料理の本」はタイトル通りムーミンママが手がけるたレシピがたくさん紹介されているのですが、特徴のひとつは文章が主体となった編集であることです。
最近の料理レシピは写真や動画など、ひと目で多くの情報を得られるのでとても便利ですよね。
そんな時流のなかでは少し物足りなさを感じてしまうかもしれませんが、ムーミンたちはどんな食卓だったのかしら、なんて想像しながらテーブルを飾って、作ったお料理を味わうのも楽しいはず。
文章だからこそ想像がかきたてられたり、食材の切り方や盛り付けがひとりひとり違っていたりと、自分らしい料理を表現できる仕掛けのように思えませんか。
“すべて楽しいことはお腹にいいのですよ”
“パンケーキにジャムをのせて食べる人に悪い人なんているわけがない。 話しかけてもだいじょうぶ。”(楽しいムーミン一家)
著:サミ・マリラ、訳:渡部 翠 『ムーミンママのお料理の本』/ 講談社
はじめてこの本を手にした時、ムーミンママのこの言葉に私の心はぐっと掴まれてしまいました。
20代の頃、ひとり暮らしのリズムが掴めなかったり様々な忙しさに追われてたりと、兎にも角にも落ち着かない時期がありました。
常になにかと戦っている気分だったり、なんとなく心がささくれかけている、そんな毎日。自ら望んだ環境だったのに。
体も気持ちも軽くなったなと記憶にあるのは、キッチンに立ってお料理を作っている時や大切なひとたち、気の許せる仲間と一緒に食卓を囲む時など、“楽しさ”や“ご機嫌”が食事のスパイスだった時です。
食べるが体の栄養という枠を超えて心の栄養になったからでしょう。
楽しいと感じること、心と体が幸せになることを無理なく選ぶこと。
きっとそれがほんとうの健やかさをつくる血や肉や骨になるのだと思います。
日々いろんなことがあるからこそ、心の中にムーミンママを住まわせていたいものですね。