人の記憶は時が経つほどに儚いものです。
それでも、何かしらの刺激をもとにその時の情景や感情が呼び起こされる体験を「メンタルタイムトラベル(心的時間旅行)」というそう。
だれかの物語や時間をたどって体験する、旅の記憶。
想いをはせたり、想像したり。心はどこへだっていけるはずです。
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INDEX
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.0】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.1】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.2】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.3】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.4】(順次公開)
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■水を乞いて酒を得た昼ごはん
台湾は高温多湿な国です。国土が南北に細長く伸びた島で、北が亜熱帯、南が熱帯地域になっているので、はっきりした四季はなく年中温暖な気候が続きます。私が訪ねたのは10月も終わりを迎える頃だったのですが、日中はまだまだ半袖で過ごせるくらいで、沖縄の気候に近いように思いました。
霧のような天気雨がさっき止んだばかりだからか、余計蒸し暑く感じられて食欲は減退気味。お腹は空いているけれどあっさりしたものがいいなと思いながら、商店街らしい通りをうろうろしてみるものの、おもしろそうなお店しか見つからない(それはそれで楽しいけれど……)。
このこなれた仮眠体制よ。ところで今は営業中なのかい?手前の瓶ラベルに書かれた「正沉粉」は、おそらくお香の沉香。龍山寺の近辺にはこうしたお香や仏壇仏具、開運グッズなどを扱うお店がたくさんありました。
気さくなピンクシャツのおじさん。真昼間からこうして食卓を囲む老若男女をあちこちで見かけました。台湾人にとって“食”は、日本人以上に大切なコミュニケーションのようです。
そんな中、ふと目についた「龍都冰果專業家」という看板。冰果って氷?果実ってこと?店内に目を凝らすと山積みされた果物や、ショーケースに並ぶ多種多様な具材、そしてズラッと整列するかき氷機たち。かき氷のお店だ!
店員さんに「Japanese?」と聞かれ、そうですそうですと首を縦に振ると、日本語/英語/韓国語訳付きのメニューをスッと差し出してくれました。日本の生活では見えていなかったやさしさが身に染みる。
65元(日本円で228円程度)で4種類のトッピングを選べるらしく、迷いに迷って杏仁豆腐とタピオカ、タロイモ餅、梅を指さしでオーダー。するとお姉さんが、目にも止まらぬ速さで器に盛りつけていきました。あれは老舗or人気店だからこそ体得してきた技術に違いない。信頼度は急上昇です。
ハイおまちどうさんと言わんばかりにタン!と置かれたかき氷。スプーンの刺さる角度がいかにも露店的で味があります。炒飯皿のように浅く広がった器にこれでもかと盛られているのに、控えめな彩りというギャップも新鮮です。
椅子に腰かけて周りを見渡すと、1つのお皿を2人でシェアする人たちがちらほらいることに気づいてしまいました。ああこれ、ひとりで食べ切れるだろうか。それにさっきまであれだけ蒸し暑かったはずなのに、このお店に来てからはなんだか寒い。
これは台湾あるあるなのですが、お店で稼働しているエアコンの冷風はおしなべて強め設定です。うっかり薄着でいると凍えるくらいに。
いやでも食べきるぞとフードファイターっぽく意気込みましたが、そんな気持ちはひとくちで吹っ飛びました。さっぱり甘く煮付けられた梅とつるんと爽やかな杏仁豆腐。タピオカは弾力系。タロイモ餅の食感と優しく主張する甘い味付け、好みです。言わずもがな、氷はしゃりふわ。幸せなまま食べ納め、もうもう、大満足。腹持ちもちょうど良さそうで最高。そして自分のトッピングオーダーを少しだけ褒めたのでした。
朝目覚めてからここまで、大正解の経験ができている。運の良さを感じずにはいられませんでした。
■ヘイ、タクシー!あの本屋まで連れてって
そろそろお暇しようかと時計をみると午後1時すぎ。お目当ての本屋がオープンする時間になりました。来た道を戻り、訪ねたのは「下北沢世代」というブックショップです。(惜しくも2018年2月に閉店しています)
マンションビルの一室にあるそうなのですが、そもそもビルの入り口がどこなのかわからない。このあたりのはずなのだけどと、行ったり来たりを繰り返し、ようやくその在りかを突き止めました。どきどきしながら階段をあがり、それらしき一室に近づいた瞬間、良くない予感。張り紙がしてある……。
うーん。今週は都合のため外出?一週間ほどお休み?ご不便をおかけしてごめんなさい、ご了承下さいということかしら。残念、そういうこともあるよね。幸運続きもここまでか。(この1年後に再訪することが叶ったお話はまたいつか。)
さて。気を取り直して2軒目の本屋を目指します。距離を確認すると4㎞ほど。さすがに歩くのはしんどいなと弱気になり、タクシーにのってみることにしました。台湾のタクシーは黄色い車体が目印。初乗り75元(日本円で262円程度)という誘惑で、台北市内では結構な台数が走っています。
近くに止まっていたタクシーの窓をノックすると、おじさんがパパっと車内を整えてくれました。改めてここに行きたいと英語で話しかけてみたけれど、中国語で返事が返ってくる。こういう時は紙とペン。筆談です。お店の名前や住所を書き、GoogleMapを指さします。おじちゃんはしかめっ面で画面をスクロールしたりピンチしたり。伝わるかな、どうかなとしばらく見守っていると、あー、この辺ね!たぶんOK!という感じで親指をたて、タクシーのエンジンをかけはじめました。
そして好吃(ハオチー/美味しい)!好吃!と言いながら、(昼食であったろう)たい焼きを分けっこしてくれたのでした。思っていない善意に驚きましたが、多謝你(ドオシャーリー/台湾語のありがとう)と伝えると、おじさんもにこにこ。
おいしいを共有したり、半分こできるって幸せなことだ。台湾の人たちは初対面でも常に、全開のコミュニケーションな気がします。それにまさか台北でたい焼きを食べるなんて。さっきの臨時休業でちょっと落ち込んでいましたが、おじさんが見せてくれた包装紙のイラストにふふっと笑みがこぼれて、ちょっと元気になる移動時間になりました。
降りたのはここ「田園城市 生活風格書店」。出版社兼書店、地下ギャラリーも経営するお店です。
左奥の部屋にはPCに向かって仕事をしている社員さんらしき人たち。右側の空間には、平積みにされた本とZINE、少しの雑貨が本棚にディスプレイされていました。中国語の本に交じってしれっと日本語の本がおかれている。日本で出版されたものを中国語に訳している書籍も多くある。日本へのマニアックさが垣間見えるセレクトです。
ギャラリーは丁度、活版印刷にまつわるイベント期間中でした。さっきの福印堂刷屋といい、今日は印刷ものに縁があるなぁ!と小躍りしながら地下へ降りると、隅々まで純白に塗られた空間に、組版と刷りあがった作品、活版印刷機まで展示されていました。
贅沢にも、誰もいないギャラリーでひとつひとつ眺めていると、階段から誰かが下りてくる気配が。「こんにちは、日本から来たの?」と日本語で声をかけてくれた40代くらいの男性はお店のオーナーさんでした。日本のカルチャーが大好きで、来日しては東京の古本屋や蚤の市などに足を運んで買い付けしているそう。これが今までのコレクションだよとオーナー室にまで案内してくれました。古本のほかにはレコードやスチル写真も飾られている。そこかしこから滲みでる偏愛が微笑ましい。
この人の熱量がつくる世界観も、オープンな空気感も居心地良くて。台湾語も中国語も読めないしな、本は重くなっちゃうしな、なんて言い訳を並べていましたが。ええ、買ってしまいました。秋刀魚(サンマ)という雑誌と、イラストレーター鄧彧(Teng Yu)さんの紙上行旅 papertravel。
宝物が少しずつ増えていく私のザック。今なら肩こりだってへっちゃらだ。
高ぶる気持ちのまま、次なる目標の地・九份(ジォウフェン/きゅうふん)直行のバス停を確認しようとGoogleMapを開いたのでした。
次回もどうぞお楽しみに。
(つづく)