人の記憶は時が経つほどに儚いものです。
それでも、何かしらの刺激をもとにその時の情景や感情が呼び起こされる体験を「メンタルタイムトラベル(心的時間旅行)」というそう。
だれかの物語や時間をたどって体験する、旅の記憶。
想いをはせたり、想像したり。心はどこへだっていけるはずです。
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INDEX
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.0】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.1】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.2】
メンタルタイムトラベル だれかの記憶をめぐる旅 【27歳、台湾。はじめてのひとり旅 編 Vol.3】(順次公開)
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■ちいさな試練が続くのです。
どうにか乗り込んだ関西空港行きの特急。あたりを見渡すと、大きなスーツケースやバックパックを背負った外国人と日本人、そしてスマートそうなビジネスマンばかり。
新大阪駅の雰囲気から急に客層が変わったことに「少しずつ近づいてきてるんだ」と心が弾みました。次々に流れていく窓辺の景色を眺めているうち、この先に思いを馳せられるくらいには心のゆとりも生まれてきました。
そんな時ふと胸騒ぎがして、バックパックの中身を隈なく探してみると予感的中。お化粧ポーチが、ない!記憶を辿ってハッとしたのは、荷造りの時のこと。忘れたらいけないからと最後まで机の上においていたのが仇となったのか、結局忘れてきてしまったようでした。
ええと確か空港内には薬局があったはず。チェックインまで少し時間もあるしまだ大丈夫……と自分をなだめつつ、終着点の関西空港へ到着してからも精一杯の臨戦態勢でいました。
あちこち歩き回って最低限必要なものを購入できたところで時間を確認すると、保安検査まであと40分ほど空き時間がありました。フルマラソンを完走したかのような疲労感を連れたまま、遅めの夕食をとることに。
明日からはしばらく台湾料理だからと選んだおろし豚カツ定食でしたがあまり喉を通らず、お味噌汁を味わう時だけが心を許せる瞬間でした。
ですが、自ら招いた問題はまだ続いたのです。それはせっかく手に入れたお化粧下地をこの定食屋に忘れるという失態。
「うわ、やってしまった」と気づいても、今はもう保安検査場の列の中。ここでプツッと諦めがついて、まあもういいかと大人しく観念する気持ちに。書いてる今でさえも笑ってしまいます。(下地には拾われた先でお役目を果たしていてほしい。)
搭乗・離陸してからは本当にあっという間でした。フライト時間はおよそ2時間30分。台湾と日本の時差は1時間で、日本の方が先に進んでいるので、日本時間ー1時間=台湾時間になります。
ここで最後の砦となったのは“出入国カード”。存在自体を知らなかったのでこれは本当に困りました。
飛行機が無事に着陸してやった~!と喜んだのも束の間、皆白いカードを手に出入国審査カウンターに並んでいることに気が付きました。そういえば、さっき機内で配られた気がする……。
乗客が吸い込まれるようにゲート先へ消える様子をただただ見届けるしかできないほど、人見知りが発動して心が折れかかっていましたが、勇気を振り絞って声をかけようと決意。深夜だからか空港スタッフが見当たらず、唯一見つけられた日本の大学生らしきグループに訊ねてみました。
しかし彼らもあまりわかっていなかったようで「とにかく書けるところを埋めて提出するみたいです」という言葉を信じて、どきどきしながら並んだのでした(この時なぜか、芸人中川家の入国審査コントで頭がいっぱいでした)。
並んだ先には眼鏡をかけたクールそうな女性審査官。おずおずとパスポートと入国カードをだすと一瞥され、指紋と顔認証を行うと「Enjoy your trip」という言葉とともにゲートへ促されました。
あ、意外とあっけないんだな。少し拍子抜けしましたが、入国許可がおりた嬉しさをかみしめてゲート先のロビーへ向かいます。
今回降り立った台湾桃園国際空港は、台北市街地から40㎞ほど離れた郊外にあり、市街への移動ルートは全部で5つ。リムジンバス、タクシー、宿泊先の送迎車、バスと高速鉄道を乗り継ぐ、そして半年ほど前には空港と台北をつなぐ都市鉄道「MRT」も開通して便利になっていました。
今回は到着時間が深夜になったこともあり、Booking.comで見つけた宿の予約時に送迎サービスをお願いしていました。ロビーについたところで、ネームボードを持ったドライバーのお兄さんと合流。ここから40分くらいの移動になるよと案内され、ちょっと高級そうなワゴン車へ。どうやら乗車客は私ひとりの様子。
緊張と疲れでこわばった私の顔を見て気遣ってくれたのか、今回の旅の目的は?台北ははじめて?どこへ行く予定なの?など、フランクに話しかけてくれました。
同い年か少し上のお兄さんと思っていたこの男性は私より3つ年下で、普段は別の仕事をしているけれど、恋人とでかけたりしたいから時々このアルバイトを受けているとも話してくれました。英語が堪能で、振る舞いからはどこか聡明さも滲み出ている気が……こんなにしっかりアイデンティティをもってるのかと印象的でした。
温かな光が等間隔に灯る高速道路を抜け、建物が立ち並ぶ街中へ。安心感からうとうとしていると「ゲストハウスに着いたよ。長旅ご苦労さま。今夜はゆっくりやすんで良い観光を!」と笑顔で見送ってくれました。
その後の台湾旅でも何度か送迎サービスを利用しましたが、後にも先にも彼以上に親切で好青年なドライバーさんにはまだ出会っていません。名前は知らない。でもはじめて出会う台湾人が彼で本当に良かったと思っています。
この時の台湾時間は深夜25時。ようやくあたたかなお布団にもぐりこめました。ここが台北という実感を得たいのに、とにかく瞼が重い。
たった数時間で環境が大きく変わった今日の出来事を振り返りながら、泥のように眠りについたのでした。
明日からはいよいよ、台北の街へ繰り出します。
(つづく)