小説や絵本に登場する美味しそうな料理。
豊かな描写がされていて、どんな味がするのかな?お腹が空いてくる!と思うことは
きっと誰しもが1度は経験しているのではないでしょうか。
写真がないからこそ、想像が膨らんで、幸せにつつまれる本の中のお料理。
この連載では、スタッフが選ぶ”美味しい”本とそれにまつわるエピソード、
そして本の言葉や挿絵を辿って再現した食卓をご紹介します。
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●『キャベツ炒めに捧ぐ』
井上 荒野 著 / 角川春樹事務所
〈 Story 〉
東京の私鉄沿線の、小さな町のささやかな商店街の中にある「ここ家」。
オーナーの江子とスタッフの麻津子、そして新入りの郁子の3人がそれぞれの事情を抱えながらも、このお店を切り盛りしている。
彼女たちが織りなす愛しい日々を季節の食べ物とともに描いた連作短編集。
□キャベツ炒め 【材料】
・キャベツ ・バター
・ニンニク ・塩
・黒胡椒
白山はまずバターでニンニクをゆっくりと炒めて、
じゅうぶんに香りが立つと、
火力を強めてちぎったキャベツを放り込んだ。
味付けは塩だけで、黒胡椒をたっぷりと挽いた。
さあどうぞ、奥さま。
キャベツ炒めとトーストとコーヒー。
白山の妻となってはじめての食事がそれだったのだ。
▲塩で味付けをし黒胡椒を手際よくたっぷりと。
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桃パスタ、あさりフライ、がんも、豆ごはん、きのこごはん、ひじき煮……。
まだまだたくさんのお料理がでてくるのですが、どれもが美味しそうで「こんなお惣菜屋さんがご近所にあれば、通うに決まってる…!」と、今にもグゥと鳴りだしそうなお腹と戦いながら読んでいました。
今回再現したひと皿は、結婚した日の夜、旦那となった白山さんがつくってくれた得意料理です。
くたくたになるほど炒めるのか、それともシャキシャキ感を残す方を好むのか。
白山さんはどっち派だろうと思いを巡らせながらフライパンをふっていると、少し炒めすぎたのか、しんなりタイプのキャベツ炒めが出来上がりました。
濃い目の味付けながら、キャベツの水気がいい塩梅。
にんにくと胡椒がグッと効いているのに、トーストやコーヒーとしっくり馴染んで、ほっと落ち着くのだから不思議でした。
この食べ合わせを、結婚式というハイカロリーな日の終わりに頂けるとはなんて素敵な晩餐なのでしょうね。
”人生を謳歌する”とは一体どんなことかしら。
読み終えたとき、そんなことを考えていました。
謳歌を辞書でひいてみると「恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと」と書いてあります。
生きるために食べるという原始的な営みと、
生きていくほどに酸いも甘いもかみ分けざるを得なくなっていくという人生の定め。
小説では「人生はままならない」という言葉で書かれていましたが、
順風満帆そうな人だって、”ままならなさ”をきっと一度は味わったことがあるはず。
主人公である3人の60代女性たちは、そのいろいろと付き合いながらも、明るく前に進もうとしていました。
そして1日がどんな終わり方を迎えたとしても、手際よく作る食事は美味しさや悦びに充ち満ちている。
過去を偲ばせながらも笑顔で暮らす彼女たちの姿は、まさに”謳歌”を体現していて、読み進めるほどに元気が湧いてくるようでした。
私の暮らしはどうだろう。
この3人のように、しなやかにたくましくありたいなと思うのでした。